2019年7月2日火曜日

5話

少年は中学校に進んた。小学校の最後の1年間には、本の中の思い出が増えた。
C.S.ルイスが書くナルニア国では、北の国を旅した。「ナルニア国の広さ知ってる?」
と少女に話しかける夢を何度も見た。でも、現実では、何度も見かけた少女に話しかけることは
できなかった。ナルニア国が最後の日を迎えて、次に読んだJRRトールキンでホビットが旅を終えて
パイプをくゆらせているころに、少年は小学校を卒業した。


1年か2年待てば、少女は同じ中学校に来るはずだった。
少年の住んでいる町を含む4つの町の小学生は同じ中学校に進むことになっていた。
ただ、少年が中学校2年の時に、中学校が新設されて、自分の住む町ととなり町の児童は
そちらに進学することになった。少年がそれを知ったのは、テニス部に入って初めての後輩に
素振りを教えているころだった。少年が「先輩」と呼ばれるたびに顔を赤らめるので、
中学一年生は、できるだけ少年を「先輩」と呼ばないようにした。

少女は、セーラー服を着るようになり、背丈も伸びた。少年は、相変わらず話しかけられない
まま文房具屋で本を買った。少女の背丈が自分に追いつき、越してしまっているかもしれない
と考えて、小学校の頃よりも離れるようにした。それでも、少女と本の話をする機会をずっと
探していた。JRRトールキンの書いた指輪物語を一巻一巻買うときには、女店主にお金を払う後ろで
少女が見ているような気がした。少女の黒い髪からは、小学校の頃のような跳ねた髪がなくなり、
流れて輝くようになっていった。少年は、少女の髪を見ないようにした。
髪を見るだけで心臓の音が少女に聞こえそうだった。少女に会えた日には、
サチフダの入っている箱を開けて、オルゴールが奏でる甘く切ない曲を聞いた。想像の中で、
少女に彼女の名前を書いたフダを見せた。いつも、少女は幸せそうに微笑む。
ただ、想像の中でも名前を書き込む枠は空白だった。

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