2019年7月2日火曜日

14話

青年が自宅に戻ったときには朝になっていた。母は、居間でうたた寝をしており、
青年が帰ると目をこすりながら起きた。

「就職まで決まるとお正月から忙しいのね」

という母は、息子にも、かつての夫にも人生を依存していなかった。
父が他界して3ヶ月後から、徐々に自分のやりたいことを始め、正月には、
旅行が閑散期になる2月の海外旅行を計画していた。

「私は自分のために生きるから、あなたもそうしなさい」

が口癖だった。控えめな主婦を続けたことは、母親には大きな後悔だったようだ。


青年が服を着替えに自分の部屋に戻った時に、居間から甘く切ないオルゴールの音が
聞こえてきた。青年が着替えをやめて急いで居間に戻ると、母親が、青年がずっと
探していたオルゴールの蓋を開けているところだった。

「お父さんが癌で入院したときに、また、浮気が分かって、お父さんからもらった
このオルゴールを壊して燃やそうと思って、とりあえず奥にしまったんだけど、
もう許してあげる時期かなと思って、」

と母親は話した。青年は、母がそのまま語る思い出話をじっと聴いた。
母は正月のテレビ番組に目を移すはずと思い、青年は母の話を聴くふりを続けた。
母が出してくれたおいお茶でなんとか眠気をしのいだ。もう朝というには十分に
昼に近づいたころに、母はオルゴールを机に置いてお昼のしたくを始めた。


青年はオルゴールを手にとって、母からは見えないように底板をめくった。


サチフダはまだそこにあった。何度も何度も、少女の名前が書こうと思ったフダだった。

そして、青年はすでにその名前を知っている。青年はそっとサチフダをオルゴールから
取り出して、オルゴールを机に戻した。オルゴールの甘く切ないしらべは、
ドラムの一周ごとに3回音を外した。


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